大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所 昭和33年(行)2号 判決

原告 加納資一

被告 富山地方法務局長

訴訟代理人 栗本義之助 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は「昭和二十八年八月五日富山地方法務局受付第五六四五号を以つて同局官吏がなした別紙目録記載の不動産の所有権移転登記に対し、昭和三十三年二月二十日原告がなした異議申立につき、同年四月八日付を以つて被告がなした異議却下決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

(一)  訴外島田恒次郎は、昭和二十八年八月四日原告(昭和十二年一月二十八日生)及びその親権者である訴外加納佐一、同キミの知らない間に、原告名義の印鑑証明書の交付を受け、更に同日原告の印顆を冒用し司法書士である訴外日中幸次郎をして、原告所有の別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という。)を原告より訴外恒次郎に売渡す旨の原告(売主)訴外恒次郎(買主)名義の売買証書及び右売買に基く登記手続を訴外幸次郎に委任する旨の原告名義の委任状を作成させた上、翌五日訴外幸次郎をして右印鑑証明書、売買証書及び委任状等を富山地方法務局に提出させ、本件不動産につき原告より訴外恒次郎へ所有権移転の登記方申請させた。

(二)  右のように前記売買証書、委任状は訴外恒次郎に於てほしいまゝに作成した偽造のものであるが、この点は姑く措き、右売買証書、委任状の作成された昭和二十八年八月四日当時原告は未成年者であつたから、それ等書類に基き登記申請をするに当つては、原告が訴外恒次郎と本件不動産の売買契約をするについて、及び原告が訴外幸次郎に登記手続を委任するについて、それぞれ原告の親権者の同意があつたことを証する書面を添付提出すべきものであることは、不動産登記法第三十五条第一項第四号、第五号によつて明らかである。しこうして、登記官吏に於ては本件不動産についての前記登記申請に際し提出された原告名義の印鑑証明書により原告が未成年者であることをたやすく知り得たにかゝわらず、右の同意書を添付提出させないで、登記申請を受理し昭和二十八年八月五日富山地方法務局受付第五六四五号を以て本件不動産について登記権利者島田恒次郎、登記義務者原告登記原因を売買とする所有権移転登記をなしたものである。

(三)  しかしながら、登記官吏は右の同意書が添付提出せられていない登記申請を不動産登記法第四十九条第二号に所謂「事件が登記すべきものに非ざるとき」に該当する場合として却下すべきものであつてかゝる登記の申請を登記官吏が違法に受理してなされた前記所有権移転登記は無効であるから登記官吏に於ては、不動産登記法第百四十九条の二に従い職権を以つて抹消すべきものであり尚同法第百五十条の異議の申立があつた場合、同法第百五十三条に従い、抹消すべきこと明らかである。のみならず、登記官吏は右の同意書が添付提出せられていない登記申請を不動産登記法第四十九条第八号に所謂「申請書に必要なる書面又は図面を添付せざるとき」にも該当する場合として却下すべきものであつて、かゝる形式的要件を具備していない登記の申請を登記官吏が違法に受理してなされた前記所有権移転登記は同法第百五十条の異議の申立があつた場合登記官吏に於て同法第百五十三条に従い抹消すべきものである。

(四)  よつて原告は、昭和三十三年二月二十日被告に対して前記富山地方法務局登記官吏のなした登記申請の受理及び所有権移転登記処分は違法であり、且つその登記は無効であるから登記官更に於て右登記の抹消をすべきであるとの趣旨の異議を申立てたところ、被告は同年四月八日付で右異議申立を却下する旨の決定をなし、右決定は同年四月十一日原告に送達された。

(五)  しかしながら(三)項において述べた如く、登記官吏に於ては、原告の異議の申立により本件所有権移転登記を抹消すべきことは明らかであるから被告が右異議申立を却下する決定をしたことは明らかに違法であり、右被告の却下決定の取消を求める為、本訴請求に及んだ。と述べ、尚不動産登記法第百五十条の規定による異議の申立があつた場合、登記官吏に於ては、同法第四十九条第一、第二号該当の無効な登記の場合に限らず、ひろく同条第三号以下に該当する登記の場合にも同法第百五十三条により抹消登記をなすべきものであると解するのが相当である。と附陳した。

第二、被告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、登記官吏に於て本件登記申請を受理するにあたり、登記義務者(売主)である原告は当時未成年者であつたから、登記申請書に原告が登記権利者(買主)訴外恒次郎と本件不動産の売買契約をするについて原告の親権者の同意があつたことを証する所謂同意書を添付提出させねばならなかつたのに誤つて右同意書を添付提出させないで登記申請を受理し、登記手続を了したことは認めるが、右登記官吏のなした登記手続上のかしは不動産登記法第四十九条第八号の違法なかしに過ぎない。従つて登記官吏に於て本件登記申請を受理して登記をなした手続上に同条第二号に違反したかしはないから、原告の「本件登記手続には登記官吏に於て同条第二号に該当する受理すべきでない登記申請を違法に受理して登記をしたかしがあるからその登記は無効である」という主張は理由がなく本件所有権移転登記の無効を前提として右登記の抹消を求める原告の異議を却下した被告の処分は適法である。次に原告は「本件登記手続には、登記官吏に於て不動産登記法第四十九条第八号に該当する受理すべきでない登記申請を違法に受理して登記をしたかしがあるから異議の申立があつた場合、登記官吏に於ては、同法第百五十三条によりその登記を抹消すべきものである」と主張する。そして本件登記手続に原告主張の如きかしがあることについては冒頭記述の如く被告の争わないところである。

しかしながら登記の目的が不動産に関する物権の変動を公示して取引の安全を企図することにあるから一旦登記を終えた以上はかゝる登記を信頼して取引をした第三者及び登記簿上の利害関係人を保護する必要がある。その為、登記官吏に於て形式的要件を具備しない登記申請を受理して登記を完了した登記手続上の違法なかしのあるすべての場合に登記官吏に於てその登記を抹消し得ると解するのは不当である。即ち、同法第四十九条第一号及び第二号該当のかしある登記申請を受理してなされた登記は無効として登記官吏により職権を以つても抹消されるべきものであるけれども、同法第三号以下に該当するかしある登記申請はそれが受理されて登記された以上は、登記申請を受理する為の形式的要件を欠く為登記手続が違法であるにも拘らず、登記官吏に於て異議の申立があつてもその登記を抹消すべきではないと解すべきである。従つて前記原告の主張は失当であつて本件所有権移転登記の抹消を求める原告の異議を却下した被告の処分に違法の点はない。以上により被告が原告の異議申立を却下した決定の取消を求める原告の請求は、いずれの点に於ても理由がない。

と述べた。

理由

昭和二十八年八月五日富山地方法務局受付第五六四五号を以て本件不動産について登記権利者島田恒次郎、登記義務者原告、登記原因を売買とする所有権移転登記がなされたこと、原告が右登記につき昭和三十三年二月二十日被告に対し不動産登記法第百五十条の規定に基く異議の申立をなしたところ被告は同年四月八日付で右異議申立を却下する決定をなしたことは何れも当事者間に争がない。

そこで先ず原告の「本件登記手続には、不動産登記法第四十九条第二号及び第八号の該当事由がある」との主張に対し判断する。

本件登記が申請された当時、登記義務者である原告は未成年者であつたが、登記申請書に原告が登記権利者訴外恒次郎と本件不動産の売買契約をするについて原告の親権者の同意があつたことを証する同意書が添付提出されていなかつた事実については当事者間に争がないから登記官吏に於て不動産登記法第四十九条第八号に違反して本件登記申請を受理して登記を了したことは、同法第三十五条第一項第四号の規定に照らし明らかである。しこうして原告は右事実は更に同法第四十九条第二号の該当事由でもあると主張するのであるが、同条第二号に所謂「事件が登記すべきものに非ざるとき」とは例えば登記申請が不動産登記法第一条に掲げる権利又は事項に関しない場合の如く主として申請がその趣旨自体に於て既に法律上許容すべきでないこと明白な場合を言うのであるから、申請の趣旨自体には何等その登記を拒否すべき欠陥がなく単に登記申請人が登記申請に必要な書面として親権者の同意書を添付提出しなかつた場合の如きは、同条第二号に該当しないことは明らかであつて此の点に関する原告の主張は採用出来ない。

次に、原告主張の「本件登記は訴外司法書士日中幸次郎に於て原告の代理人として申請されたこと、登記申請書に右訴外日中の権限を証する書面として、原告が訴外日中に登記手続を委任するについて原告の親権者の同意があつたことを証する所謂同意書が添付提出されていなかつた」という事実については、被告に於て何等の陳述もせず、且つ弁論の全趣旨によつても争つていると認めるべき形跡が存しないから、原告の右主張事実は被告に於て明らかに争わず、従つてこれを自白したものとみなされるものである。しこうして原告は右事実は不動産登記法第二号及び第八号の該当事由であると主張する。

しかしながら、民法の委任代理による代理人によつて登記を申請する場合、不動産登記法第三十五条第一項第五号に所謂「その権限を証する書面」とはその授権の範囲を明らかに記載した委任状を言うのであつて、本件登記申請の如く登記手続の委任者が未成年者であつても右代理人の権限を証する書面として未成年名義の委任状の外に未成年者が代理人に登記手続を委任したことについて未成年者の親権者の同意があつたことを証する同意書を要すると解することは出来ない。そうとすれば右原告の主張事実は同法第四十九条第八号の該当事由と謂い得ず且つその同条第二号の該当事由と謂い得ないことも既に前記同条第二号の意義について説示したところにより明らかであるから此の点に関する原告の主張は採用できない。そうすると原告の「本件登記手続には登記官吏に於て同条第二号に該当する受理すべからざる登記申請を違法に受理して登記したかしがあるからその登記は無効であつて抹消されるべきである」との主張は理由がない。

結局本件の場合、登記官吏は登記申請書に原告が訴外恒次郎との本件不動産の売買契約をするについての原告の親権者の同意書が添付提出されていなかつたから、登記申請を却下すべきであつたにもかゝわらず同法第四十九条第八号の規定に違反して登記申請を受理し前記所有権移転登記手続を了したものといわねばならない。

ところで形式的要件を具備していない登記申請は登記官吏に於て却下すべきであるということゝ、かゝる登記の申請を登記官吏が誤つて違法に受理して登記を完了した場合、その登記は形式的要件を欠く登記手続の違法なかしの故に登記官吏に於て抹消すべきものか否かという問題とは別個に考察されるべきである。即ち仮に形式的要件を具備しない登記の申請があつて、登記官吏が誤つてこれを受理して登記を完了したすべての場合、右登記手続の形式的違法性の故にその登記は抹消すべきであると解することは、かえつてかゝる登記を信頼して取引をなした第三者の利益を害することになり、不動産取引の安全を著しく害することになるといわなければならない。不動産登記法第四十九条各号に例挙されたかしある登記申請のうち同条第一号及び第二号の場合、登記は絶対に無効であるから職権抹消、登記官吏に対する異議の申立の何れの方法によつても抹消されるべきあるが同条第三号以下の場合、登記申請が受理されて登記された以上はその登記手続の形式的違法性のために職権によると異議申立によるとを問わず登記官吏に於て登記を抹消すべきでないと解するのが相当である。従つて、同条第三号以下の規定に反する登記官吏の処分に関しては、同法第百五十条による異議の申立は許されないと解すべきである。

そうとすれば、前記の如く本件に於ては登記官吏に於て同法第四十九条第八号に違背して本件所有権移転登記申請を受理しその登記を完了した場合であるから、同法第百五十条の異議の方法により右登記の抹消を求め得ないこと明白で、之を求めて原告がなした異議申立につき被告が昭和三十三年四月八日になした異議却下決定には違法の点はない。そうすると、これが取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 布谷憲治 家村繁治 木村幸男)

目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例